プロセキュート
【第24回】実施内容
今月の本: 『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)
実施日時: 2007年3月17日(土)14:00〜17:00
今月の会場: 練馬区貫井地区区民館
東京都練馬区貫井1-9-1
※西武池袋線・中村橋駅から徒歩5分
今回の本は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』です。
賢治の代表作とされる作品ですが、未完成が多いとされる作品の中でも、最後まで手を入れ続けたとして有名な作品です。
賢治自身による説明がないため、意味が明確でない言葉があったり、意図して読者に考えることを求めているかのような表現も随所に現れています。

そうした文学作品としての側面を持ちつつ、「銀河鉄道」という言葉と想像の魅力、ジョパンニが悩みながら成長していく姿、カンパネルラたちとの交錯する友情など、若い人たちをも引き込む読み応えのある、よみやすい名作となっています。

日本人だから感じるのだろうかと思わせる独特の筆風を持つこの作品を、宮澤賢治の精神風景を辿りながら読み進めていただきたいと思います。
当日の様子&開催後の感想など:

当日は6名で行ないました。
『銀河鉄道の夜』は宮沢賢治の人生を語らずして読むことはできないとさえ思える作品です。多くの人が初めて目にしたのは小中学校の頃ではないでしょうか。私もその頃だったように記憶しています。
その時の感想は...おぼろげながらですが、ジョバンニとカンパネルラとの友情を描いた作品のように感じていたのではないかと思います。そして少し屈折した思いを抱きながら生きているジョバンニに少なからず共感とほろ苦い哀愁を覚えたような気がします。
また、ジョバンニの銀河鉄道での体験は、銀河を走る列車の幻想的な美しさを思い描きながら、それ自体は夢の中での物語と受け止めていたかなと思います。
童話という形態をとっている本作品はそのように読んでも決して間違いだとはいえないと思います。しかし宮沢賢治の真意はそのようなものだったのでしょうか。
賢治の訴えたい思いはもっと別のところにあったことは様々な資料や賢治自身の言葉によって裏付けられています。

賢治は明治29年(1896年)花巻で生まれています。
童話と詩(心象スケッチ)の創作活動のほか、教育者、農業者、天文・気象・地理・歴史・哲学・宗教・化学・園芸・生物・美術・音楽などの造詣が深く、活動分野は多岐にわたった。18歳の時に出会った法華経信仰を生涯貫きました。
24歳で盛岡高等農林学校研究生を修了後、25歳のときに浄土真宗の信者であった父と信仰をめぐって対立、東京に出奔し、国柱会に入会。妹トシの発病を機に帰郷。5年余り花巻農学校(奉職当初当時は郡立稗貫農学校)の教師を勤め、30歳の時に羅須地人協会を設立します。
農村の改良と農民芸術の興隆を願って農耕自炊の生活を始めて、農民への講座や肥料設計を行ないました。
2年後の8月に粗食と過労で発病。その後健康を回復し東北砕石工場に勤務し、土壌改良のための肥料用炭酸石灰の普及に尽力しますが、半年後再び病床に。
自らの理想郷をイーハトーブと呼んだ農民詩人は昭和8年(1933年)9月21日、37歳で永眠しました。

多くの文献で紹介されているように、この作品は1924(大正13)年夏頃から逝去の1933(昭和8)年まで改稿を繰り返した未完成の作品で、未完成が多い宮沢賢治作品の中でも生前に発表されなかった稀有な作品といえるでしょう。
大きくは4期、大小7回の加筆削除と修正が加えられて現在の作品の形になったことが確認されています。
原稿は死直前の病床の枕元においてあったと言われ、賢治の人生の集大成とも目され、執筆開始の2年前に最愛の妹としが逝去していることから、研究者の中にはとしへの鎮魂歌がモチーフとの見解もあります。それは間違いないと思われますが、それだけで書かれた作品でもないと思います。

賢治の人生と作品は、彼の信仰への思いを抜きにして語ることは不可能でしょう。その点をいかに正確に、深く、真摯に追求することができるか。それが『銀河鉄道の夜』に迫る最も重要な要諦であると思います。
「ほんとうの幸(さいわい)」とは何か。
そこに至るにはどうすればいいのか。
『銀河鉄道の夜』は1時間もあれば読了できる程度のボリュームです。
是非多くの人に呼んで頂きたい一書です。

ブログはこちら ↓
 http://prosecute.way-nifty.com/blog/2007/03/post_365b.html
宮沢賢治の故郷を訪ねる ↓
 http://prosecute.way-nifty.com/blog/2007/03/post_3eb6.html
物語のプロット:

1. 午后の授業
  銀河について
  ジョバンニの性格
  カムパネルラとの思い出
2. 活版所
  働くジョバンニ
  大人たちの対応
3. 家
  ジョバンニの家族
  銀河のお祭(ケンタウル祭)に出かける
4. ケンタウル祭の夜
  ザネリとすれ違う
  時計屋の星座早見
  町並みを牛乳屋に向かう
  ザネリ、カムパネルラら同級生六七人と出会う
5. 天気輪の柱
  黒い丘の頂・天気輪の柱の下
6. 銀河ステーション
  天気輪が三角標に
  「銀河ステーション」の声
  気がつくとカムパネルラと夜の軽便鉄道に
  天の原
7. 北十字とプリオシン海岸
  いちばんの幸(さいわい)
  島と白い十字架
  白鳥の停車場
  プリオシン海岸
  標本と証明
8. 鳥を捕る人
  どこに行くのか
  鳥捕りの仕事
  鳥をつかまえる鳥捕り
9. ジョバンニの切符
  アルビレオの観測所
  ジョバンニの切符
  3次元空間と不完全な幻想第四次の銀河鉄道
  いなくなった鳥捕り
  鷺の停車場
  ジョバンニの心の変化
  乗車してきた三人
  ほんとうのさいわい
  燈台看守から渡される大きな苹果(りんご)
  ジョバンニの苛立ちと悲しみ
  蝎の話
  サウザンクロスの停車場
  神さまについて
  石炭袋
  僕たち一緒に行こう
  黒い丘で目覚めるジョバンニ
  牛乳を受取り川にかかる橋に向かう
  カムパネルラの転落を知るジョバンニ
  博士(カムパネルラのお父さん)との会話

当日関心が集まったテーマ:

▼ジョバンニとカンパネルラにはモデルがいるのか
▼賢治が表現したかった銀河鉄道とは
▼銀河鉄道はどこに向かっているのか
▼賢治の求めた「ほんとうの幸(さいわい)」とは
▼鳥捕りは何を意味するのか
▼銀河鉄道を乗り降りをしている鳥捕りは何者か
▼三人連れとの会話の真意はどこにあるのか
▼蝎(さそり)の話が意味するもの
▼12歳の女の子への感情は何であって、賢治は何を表現したかったのか
▼ジョバンニの切符の持つ意味
▼苹果(りんご)の存在
▼黒い丘(天気輪)は何か
▼アルコールラムプの思い出
▼ジョパンニと生徒達との関係
▼ジョパンニのお父さんは何をしていたのか
▼ザネリの存在
▼プリシオン海岸での採掘
▼お母さんの牛乳
▼農業の持つ意味
▼賢治の後半生の評価は
▼決してやりきれたといえないであろう賢治の最晩年の生活
▼賢治の生命観とその根底に流れる思想の是非
▼国柱会と袂をわけた賢治の真意
▼賢治にとっての宗教家と信仰者の違い

参考にさせていただいた主な文献
『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を読む』(西田良子)
『教師宮沢賢治の仕事』(畑山博)
『農への銀河鉄道−いま地人・宮沢賢治を−』(小林節夫)
『宮沢賢治』(宮沢賢治記念会)
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