プロセキュート
【第29回桂冠塾】実施内容
今月の本: 『神曲』(ダンテ)
実施日時: 2007年9月1日(土)14:00〜17:00
今月の会場: 勤労福祉会館・会議室(小)
西武池袋線大泉学園駅・徒歩3分
参加費 : 350円(会場費・資料コピー代に補填します)
懇親会 : 終了後希望者で懇親会を行います(会費実費)
『神曲』(しんきょく) は、13〜14世紀イタリアの詩人・政治家、ダンテ・アリギエーリの代表作である。
原題『La Divina Commedia』は直訳すると「神聖なる喜劇」。「神聖なる」という形容はボッカチオがつけたものとされており、ダンテ自身は単に『Commedia』(喜劇・喜曲)とだけ呼んだ作品である。

『喜劇』と『神曲』では印象が異なるので、戸惑いをかくせない。なお日本語翻訳名は森鴎外によるものである。

地獄篇・煉獄篇・天国篇の三部から成る、全14233行の韻文で構成された大叙事詩である。

暗い森の中に迷い込んだダンテは古代ローマの詩人ウェルギリウスと出会う。彼と共に、地獄、煉獄、天国の国を巡り歩いていく。
ダンテは地球の中心である魔王ルチフェロが幽閉された領域に至り、地球の対蹠点に抜けて煉獄山に到着する。
煉獄山では登るにしたがって罪が償われていく。
煉獄の山頂でダンテは再会した永遠の淑女ベアトリーチェの導きで天国へ到達し、各星々を巡って至高天(エンピレオ)へ昇りつめる。
ダンテが幸福の境涯と考えた領域にたどり着く道程は、ウェルギリウスによって示され、共々にその道のりを歩む様が克明に描かれている。

ウェルギリウスとダンテの関係も重要である。
ダンテが町から追放され、気がつくと暗い森の中を彷徨っている。光に導かれて森を抜けることができるが、そこには豹、狼、ライオンが待ち受けている。現実に生きていく中で必ず離れることのできない欲望と罪の深さから、人生の真の幸福を求めようと葛藤するダンテの前に現れたのがギリシア・ローマ時代を代表する詩人ウェルギリウスである。ダンテはウェルギリウスを師(マエストロ)と呼び、彼自身の針路を託す。
こうしてダンテは、現世が果てた先にあるとされる地獄、煉獄、天国を巡る旅を始めるという構成で『神曲』を書き進めた。

天国編での道先案内人はウェルギリウスからベアトリーチェにかわる。この二人が愛し合っていると表現もできるが、ダンテは友情として描いているようにも感じる。
ここに至るまでにダンテは愛について繰り返し苦悩、思索を繰り返している。愛ゆえに地獄の第二圏で苦しみにもがき続ける愛欲者たちがおり、煉獄山でも最後の第七冠まできて邪淫(快楽)者が炎で身を焦がしている。いずれの者達も愛情それ自体は真剣で純粋そのものだ。
愛そのものは善でも悪でもないというのがダンテの見解であり、善なる愛を友情と表現しているとも受け取ることもできる。ではダンテのいう友情とはいかなるものか。そのような視点でみると恋愛論の古典作品ともいえるかもしれない。

一般的には極めて難解と思われているダンテの作品であるが、ダンテはこの作品を庶民が読める言葉で綴った。そして最後は「喜劇」の原題のとおり、彼が追求しようとした幸せが描かれていく。
彼が追い求めようとしたものは何だったのか。
ダンテを語らずして文学を語れずとまでいわれたダンテの心の一端にふれることができればと思っています。

【作品が執筆された背景】
ダンテが『神曲』を執筆する直接のきっかけとして、当時のフィレンチェの政治情勢があげられる。封建貴族らのギベリーニ党(皇帝派)との対立に勝利し主勢力でったグェルフィ党(教皇派)だが、白派、黒派に分裂し激しい対立、政争に明け暮れていた。
白派が庶民派であるのに対して、利権を有する街の有力者や下級貴族を中心とした黒派はボニファティウス8世を支持しシャルルドヴァロアの受入れを進めるが、白派はこれに抵抗し、教皇自身とも対立することになった。
ダンテはフィレンツェ市政の実権を持った白派に属し、フィレンチェの重職、統領に就いた。シャルル到着が迫りダンテを含む3名が教皇への使節としてローマに滞在し交渉に当たったが、その間に黒派の画策によって、フィレンチェからの永久追放、捕らえられた場合は火あぶりの極刑が欠席裁判によって言い渡され、ダンテの流浪の旅が始まった。1302年3月10日付のできごとであった。

『神曲』地獄篇は1304年から1308年頃に執筆。1319年には地獄篇と煉獄篇は既に多くの人に読まれており、ダンテは名声を得ていたといわれている。天国篇は1316年頃から逝去直前の1321年にかけて完成した。『神曲』は当時の知識人が使用していたラテン語ではなく、トスカーナ地方の方言(現在のイタリア語)で執筆されたことも、多くの人に読まれた要因である。

【重要な登場人物】
ベアトリーチェ
ダンテが9歳のとき、1274年5月1日の春の祭り(カレンディマッジョ)で、ベアトリーチェ(ビーチェ)に出会い生涯を貫く愛を全身全霊で直感した。
9年後、18歳になったダンテはベアトリーチェと聖トリニタ橋で再会。微笑みのみだったが至福の激情が駆けめぐり、その夜運命的な夢をみてダンテの思いは決定的となった。その後二人が出会うこともなくベアトリーチェ1290年に24歳で病死した。彼女の死を知ったダンテは一時期狂乱状態に陥いるが、彼女への愛を生涯の捜索の源泉とし『新生』を著した。その後『神曲』三篇を執筆し、この中でベアトリーチェを天国に坐して主人公ダンテを助ける永遠の淑女として描いた。

『神曲』に登場する天女ベアトリーチェに関しては、実在した女性ベアトリーチェをモデルにしたという実在論と、「永遠の淑女」「久遠の女性」としてキリスト教神学を象徴させたとする象徴論が対立している。実在モデル説では、フィレンツェの名門フォルコ・ポルティナーリの娘として生れ、のちに銀行家シモーネ・デ・バルティの妻となったベアトリーチェ(ビーチェ)を核として、ダンテがその詩の中で「永遠の淑女」として象徴化していったと見る。
非実在の立場を取る神学象徴説では、二人が出会ったのはともに9歳の時、再会したのは9年の時を経て18歳になった時の9時であるなど、三位一体を象徴する聖なる数「3」の倍数が何度も現われていることから、ベアトリーチェも神学の象徴であり、ダンテは見神の体験を寓意的に「永遠の淑女」として愛を象徴する存在として神聖化、象徴化したという説を取る。

プブリウス・ウェルギリウス・マロ(Publius Vergilius Maro,)
紀元前70年10月15日〜紀元前19年の古代ローマの詩人。『牧歌』『農耕詩』『アエネイス』という三つの叙情詩及び叙事詩を残した。
ヨーロッパ文学史上、ラテン文学において理性と哲学の象徴でもある最も重視される詩人。
遺稿として残された『アエネイス』(「アイネイアスの物語」の意)はウェルギリウス最大の作品であり、ラテン文学の最高傑作とされる。『アエネイス』以後に書かれたラテン文学で、『アエネイス』を意識していない作品は皆無とまで言われている。

【ダンテが師匠と仰いだウェルギリウス】
ダンテがウェルギリウスを師匠と仰いだのはなぜだろうか。
ここに『神曲』の大きなテーマのひとつがある。
詩人であるならば誰もが学んだといわれるウェルギリウスであるが、そうした文学的素養だけから師匠と定めたと考えるのは、人生の岐路に立った者が選択する理由としてはあまりも貧相すぎる。
ウェルギリウスの評価は『アエネイス』に集約されるが、この作品の位置づけこそがダンテの行動を説明することになると私は思う。

ウェルギリウスが農耕詩を書いていた当時のローマは誇りを持った都市ではなかった。当時最も誇り高き都市はギリシアの町である。「ギリシア神話」に象徴されるとおり神々が創り神々が住む都市とされており、住民達も誇りに満ちていた。
対してローマはどうであったのか。
ローマはギリシア神話によって、孤児から成り上がった戦士達によって建設された町であるとされていた。結果的にギリシア人はローマ人を知性も血筋も高くない民族して遇した。ローマ人もそれを甘んじて受け入れていた。
当時ローマを治めていたアウグスツゥスは、ローマ人の精神的拠り所をを求めてウェルギリウスにローマ人のための誇り高き叙事詩の創作を命じた。
そうして誕生したのが『アエネイス』である。

ウェルギリウスただ一人の創作によって誇り高き都市として復活を果たしたローマ。そしてその栄華を謳歌したローマ人の幸福。
その姿にダンテは自分自身の生涯の理想を見たのではないだろうか。
ダンテが生きた町はフィレンチェ。その当時、政治家達は自己保身と政争に明け暮れ、商人達は私利私欲と陰謀術策にまみれて、精神が最も汚れた町と蔑まれていたことは『神曲』に赤裸々に描かれている。
ダンテはそのフィレンチェを追放されて放浪の一生を送っているが、我が故郷フィレンチェの復興を誰よりも願っていたのだ。そして失意のどん底で生命を賭けて執筆を始めたダンテは『神曲』を発表することで人間性の復興を果たし、自身が生まれ育ったわが故郷の復興を夢見たのではないだろうか。

ウェルギリウスが『アエネイス』で人間の素晴らしさ、幸せに生きる喜びを高らかに謳いあげたように、ダンテは『神曲』によって世俗にまみれた庶民がより誠実に生きることの大切さと美しさを謳いあげた。ウェルギリウスが神々の町ギリシアに対して人間性に溢れた町ローマを謳いあげたように、ダンテは人間が本来持っている人間性の素晴らしさを謳いあげ、人間性そのものの復興を成し遂げたのであろう。
ダンテの『神曲』によって、その後のヨーロッパに大きな文化的潮流が生まれる。現代の私達が「ルネサンス」と呼んでいるものである。日本語には「文芸復興」という訳と共に「人間復興」と訳されることが多い。
ルネサンスの中心地はフィレンチェである。
まさにダンテが目指した人間性の復興が、彼の故郷フィレンチェから湧き起こったのである。

ローマ人の誇りを築き上げたウェルギリウスを師匠と仰いだダンテ。
師匠を目指し、師匠に導かれたダンテの生涯をかけた闘いは、後世が高く評価する人間性の復興として、みごとに結実したのである。


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【作品の構成】
Inferno (地獄篇)Purgatorio (煉獄篇)Paradiso (天国篇) の三部構成。
各篇は34歌、33歌、33歌の計100歌だが、地獄篇第1歌は総序とされ、各篇は3の倍数である33歌から構成されている。
作品を通じて三位一体を表わす神聖なる数字3及び3の倍数と、完全なる数字10と10の倍数で構成される。キリスト教義に基づき、ダンテ自身の信念が底辺に流れる作品である。

(1)地獄篇( Inferno )

気が付くと深い森の中におり、恐怖にかられるダンテ。西暦1300年の聖金曜日(復活祭前の金曜日)、人生の半ばにして暗い森に迷い込んだダンテは必死の思いで森を抜けると、そこには3匹の野獣が襲いかかろうとしていた。
ダンテは、現れた詩人ウェルギリウスを師匠(マエストロ)と定め自身の進路を託す。地獄の門をくぐって地獄の底にまで降り、死後の人間たちを見る遍歴が始まる。
ウェルギリウスは、キリスト以前に生れたため、キリスト教の恩寵を受けることがなく、ホメロスら古代の大詩人とともに未洗礼者の置かれる辺獄(リンボ)にいたが、地獄に迷いこんだダンテの身を案じたベアトリーチェの頼みにより、ダンテの先導者としての役目を引き受けて辺獄を出たのである。

■地獄界の構造
地獄の門
地獄前域
アケローン川
 第一圏 辺獄(リンボ)
 第二圏 愛欲者の地獄
 第三圏 貪食者の地獄
 第四圏 貪欲者の地獄
 第五圏 憤怒者の地獄
ディーテの市
第六圏 異端者の地獄
第七圏 暴力者の地獄
 第一の環 隣人に対する暴力
 第二の環 自己に対する暴力
 第三の環 神と自然と技術に対する暴力
第八圏 悪意者の地獄
 第一の嚢 女衒
 第二の嚢 阿諛者
 第三の嚢 沽聖者
 第四の嚢 魔術師
 第五の嚢 汚職者
 第六の嚢 偽善者
 第七の嚢 盗賊
 第八の嚢 謀略者
 第九の嚢 離間者
 第十の嚢 詐欺師
第九圏 裏切者の地獄
 第一の円 カイーナ(Caina) 
 第二の円 アンテノーラ(Antenora)
 第三の円 トロメーア(Ptolomea)
 第四の円 ジュデッカ(Judecca) 

(2)煉獄篇 Purgatorio

ここは生前に罪を犯したが、死する前に罪に気づいた者が贖罪する世界。地獄が希望がない永遠の暗黒世界であることに対して、煉獄では贖罪が済めば天国界へ昇天するという希望の光が見えている。キリスト以前のウェルギリウスにとってこの世界は不案内の場所だが、煉獄山頂まではダンテと共に歩くことができる。
煉獄山の頂上にある地上楽園でベアトリーチェがダンテを出迎える。

■煉獄山の構造
煉獄前域
第一の台地 破門者
第二の台地 遅悔者
ペテロの門
第一冠 高慢者
第二冠 嫉妬者
第三冠 憤怒者
第四冠 怠惰者
第五冠 貪欲者
第六冠 貪食者
第七冠 愛欲者
山頂 地上楽園

(3)天国篇 Paradiso

ダンテはベアトリーチェに導かれて至高天の薔薇の座を目指して、空間を上昇していく。ダンテが抱いてきた様々な疑問に対してダンテ流の回答が描かれるところである。

■天国界の構造
火焔天
第一天 月天
第二天 水星天
第三天 金星天
第四天 太陽天
第五天 火星天
第六天 木星天
第七天 土星天
第八天 恒星天
第九天 原動天
第十天 至高天

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