5月22日(土)に5月度の桂冠塾(読書会)を開催しました。
62回目の開催となった今回はビジネス書の分野から選びました。
本書『ザ・ゴール』は業務改善に取り組む仕事をしているメンバーにはよく読まれてきた小説です。私個人としては続編である『ザ・ゴール2−思考プロセス−』(原題『It's
Not Luck』)が一番感覚的にしっくりくる感じですが、ゴールドラット博士の代表作ということで本書を取り上げました。
本書誕生の経緯は第62回桂冠塾のページに記載していますのでそちらを参照下さい。
一言で説明すれば、博士が製造工場の現場改善を通して考案した生産スケジューリングソフトの販売普及のために小説という形を用いて本を出した、ということになるでしょう。
そして関係者のほとんどが出版は失敗するだろうという反対の中で、発売当初からベストセラーに。そして本書を読んだ製造業関係者から「本書は我が社をモデルにしたのか?本当によく問題の本質を突いている」という趣旨の声が寄せられる。
そして間もなく「本書に書いてある通りに実践して改善成果を出すことができた」という手紙が次々と届くようになったという。このこと自体は素晴らしい結果であるが、ゴールドラット博士にとっては全くの誤算であった。それはどういう意味かといえば、本書の目的はあくまでも生産スケジューリングソフトを販売するための動機付けにしたかったためである。
しかし結果的には生産スケジューリングソフトという「モノ」は必要なかったのである。大切なのは改善のための「考え方」にあった。ゴールドラット博士は逡巡の末にソフト販売会社の会長職を辞任し、自らの経営改善の理論(TOC理論)の普及啓蒙にその生涯をかけることを決意し行動を開始、現在に至っている。
■本書の構成
本書は8章で構成されています。そのあらすじをざっくり記述しておきたいと思います。
T 突然の閉鎖通告
機械メーカーのユニコ社のユニウェア部門・ベアリントン工場所長として赴任して6か月を迎えた主人公アレックス・ロゴ。長引く経営の悪化の影響を受け、3か月で業績が改善されないと工場を閉鎖されると通告される。妻との離婚の危機もむかえてしまうアレックスは、手の打ちようもなく意気消沈していく。
U 恩師との邂逅
アレックスは2週間目に再会した恩師ジョナを思い出す。ジョナは学会で工業用ロボット導入の成果を発表するというアレックスに質問をした。「出荷量は増えたのか」「従業員数は減らしたか」「在庫は減ったか」...。答えを聞いたジョナはアレックスの工場に問題があると断言する。
とまどうアレックスに「君の会社の目標は何か」と問いかける。そしてその目標は「一つしかない」と言って去っていった。
工場の経理課長ルーを話す中で「純利益」「投資収益率」「キャッシュフロー」の3つの指標が大切という結論になり、この3つを同時に増やすことでお金を儲けることが企業の目的であるとの認識に至る。
V 亀裂
アレックスはジョナの連絡先を探し出し「会社の目的はお金を儲けることだ」と告げる。会社の目標に自分の工場が役立っているかどうかどうやったら知ることができるかと尋ねるアレックスにジョナは評価指標は「スループット」「在庫」「業務費用」であり、その定義は従来とは違うと語る。スループットは「販売を通じてお金を作り出す割合」、在庫は「販売しようとする物を購入するために投資したすべてのお金」、業務費用とは「在庫をスループットに変えるために費やしたお金」であると。そして「部分的な最適化」には興味がないと言った。工場に出たアレックスはスタッフに導入したロボットが売上向上に貢献したかどうかを尋ねる。売上が上がったとの実証は何もなく、部品の在庫は増えていた。その理由はロボットの効率を上げるために生産量を増やしたことにあった。そして工場の問題は「スループット」「在庫」「業務費用」を改善することで解決するはずだと告げる。では何をしたらいいのか?その答えを求めてジョナに会うためにニューヨークに向かう。ジョナは基本的なルールを教えるから自分達で改善せよと言う。そして全てのリソースの生産能力が市場の需要と完璧にバランスがとれると会社は倒産に近づくという。「従属事象」と「統計的変動」の組み合わせが重要であり、それがアレックスの工場にとって何を意味しているかがわかれば電話をくれと言って立ち去る。
この間も、次第に離れていく妻の心を取り戻すことはできない。
W ハイキング
週末の土曜日。息子デイブが所属するボーイスカウトのハイキングに同行する。急遽隊長が参加できずアレックスが15人の子供を目的地に連れて行くことになる。「従属事象」と「統計的変動」が頭を離れないアレックスの目の前でどんどん遅れていく子供達の隊列。昼食休憩でアレックスはさいころとマッチ棒のゲームを考えつく。「従属事象」と「統計的変動」の関係の実験だ。子供達の隊列と工場に置き換えてみて今の現状を納得する。
昼食後歩き始めると隊列が遅くなった原因であるハービーが皆に迷惑を変えないようにと最後尾に回る。先頭の速度ははやくなったが先頭と最後尾までの隊列は長くなってしまった。
アレックスは全員が着くことが目的であると説明し、ハービーを先頭にして他人を追い越すことを禁止、全員が手をつないで歩くようにする。のろのろになった隊列の子供達からハービーの荷物の一部を負担する子供が現れ、全体の速度が向上。夕暮れ前にキャンプ地に到着した。
翌日の夕刻、親子二人で帰宅すると妻は家を出た後だった。
月曜日。100個の部品を今日中に出荷せよととの指令が出た。工員とロボットの能力から出荷できるというスタッフを相手にアレックスは出荷時間までに100個は揃わないという。それはハイキングの経験から得た結果だという。実際に部品100個は揃わなかった。
※経営改善の着眼点を明確にするためにアレックスは敢えて出荷できない道を選んだことになる(なかなかの意志の強靭さをしめしたなぁ^^)。しかしあえて指摘しておくと現状のやり方でもあとひとつ簡単な工夫をするだけで100個の出荷ができたのだ。このことは当日の桂冠塾の中で指摘したとおりである。
X ハービーを探せ
昨日の事態を元に「従属事象」と「統計的変動」をいかに克服するかスタッフと協議するアレックスは、工場の現状を改善するためには「全体を最適化する」ことが必要だとわかったことをジョナに報告する。ジョナから次のステップは「リソースをボトルネックと非ボトルネックに分けよ」とアドバイスが出る。そして「需要には生産能力をあわせるのではなく、製品フローをあわせよ」「ボトルネックのフローを需要にあわせよ」と。
工場内でのボトルネック探しが始まった。データによる探索に行き詰った彼らは現場を見て仕掛品が溜まっているところがボトルネックだと気づく。そしてみつかった「ハービー」は二人。一人目は最新鋭ロボットのNCX−10。もう一人は熱処理センターであった。
アレックス達はジョナを工場に迎える。共に現場を歩き、改善の視点を指摘する。
スループットに繋がる部品を優先させるための方策としてボトルネックの作業者の勤務シフトを変更し、部品を色分けで区分する改善策を実施する。システムでは発見できなかった現場の智慧が改善の速度を加速させていく。
家庭では...妻の居場所が実家であることを知る。妻との時間を大切に過ごし始めるアレックスに少しずつ気持ちがほぐれていく。
Y つかの間の祝杯
改善が順調に進んでいるかに見えたが「ボトルネックが広がった」との報告が届く。電話で実施した改善改善と新たなボトルネックの話を聞いたジョナは色分けによる優先システムに関心を示し工場を再訪問する。アイドルタイムを気にする余り、余剰在庫を抱える愚策を指摘する。
息子デイブのアイデアをヒントにドラム・バッファ・ロープの改善を実施することになった。
Z 報告書
原価管理の評価メジャーの不具合に直面するが、現実に結果を出しているアレックスの工場と数値上の差異に、経営者陣も少しずつTOCの考えを理解する方向に動き始める。
[ 新たな尺度
アレックス達の改善はユニコ社の経営の考え方を変革していく。
そして彼らの話題はTOCを構成する様々な手法に広がり、最終的には自分たち自身がジョナに成長することが大切であると気づくシーンで物語は終わりを迎える。
■TOC理論のめざすもの
本書のおもしろみのひとつは、小説を読む感覚で経営理論を学ぶことができる点であろう。そしてその理論を知らない人であっても、小説の舞台となった工場現場での経営改善の進捗や関係者達の相対する意見の応酬を通じて思考の本質がわかるように説明しようという作者の意図、努力がよくわかる。改訂版に際して加筆修正を加えたのであろう第8章は少しくどい感じがするが、この点は小説としては間違いなくマイナス評価だが、理論の理解を深めてほしいと思う作者としてはあえて書いてきたかったのだと思う。
当初、本書が書かれた時点での理論は製造現場の改善の域を出ていなかったが、TOC理論に発展。本書においても改善の思考を用いて、夫婦関係の感情の行き違い、家族内やハイキングで遅れた進捗を改善するシーンが出てくる。本書が書かれた時点では製造現場の改善のヒントとして登場しているが、様々な分野に理論展開していく萌芽があったと見ることもできるだろう。
TOCの理論的進化にあわせて『ザ・ゴール2』をはじめ『クリティカル・チェーン』『チェンジ・ザ・ルール』等の続編が発表された。最新作は『ザ・クリスタルボール』で「小売業の常識を覆した」と宣伝している。巻末の解説には「小売業の常識を変えてしまったと後世言われることになるだろうとの評価が高い」と書かれていますが、内容は物流管理、購買の領域にすぎず、所詮はBtoB。
フランチャイズチェーン展開に触れているのがわずかに小売業的ではありますが、単に概要に触れている程度であって「常識」を覆すようなものでもなく...。全体としても個々の場面においても、小売の改善とは異質のもの。これでは最終消費者を相手にした小売業、サービス業等の変革は期待はできません...。
あまり大げさな表現をすると「TOCそのものが怪しい」と思われやしないかと、そのほうが心配です(^_^;)
そうしたネガティブな要因を考慮して上でも、TOC理論が目指すもの、TOC理論の汎用性は高く評価できると私も感じています。従来の経営手法の有能な箇所を活かしつつ、現場の経験とスキルから生まれてきた実効性を組み合わせて、より現実的に効率的に改革を進めるためのよきツールと育つと思います。
ある人から言われたことがあります。
それは「自分にはツールが必要と感じたことがない」「TOCで述べていることは常識的なことばかりで目新しくない」...。
ある一面、まったくそのとおりだと言えるでしょう。
しかし、より多くの人が仕事に関わっていく、雇用を創出していくことをひとつの中間目標にすえるとすれば、様々な考えの人達、思考の浅深の差の大きな状況の中で同じ目標に向かって進むためには、より有効性の高い改善ツール、経営理論の実践が求められるのも事実であると私は思っています。
今回は、作品そのものに対するディスカッションよりも理論面の理解、議論に多くの時間を割く形になりました。参加された方には、いつもと少し違う印象をお持ちになったかも...。こんな進行の回があってもよいかなぁと私自身は思いましたが、いかがでしたでしょうか(*^_^*)
【開催案内などはこちら↓】
http://www.prosecute.jp/keikan/062.htm
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